大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所尼崎支部 昭和47年(ヨ)231号 決定 1973年5月11日

申請人

森島千代子

外三五名

右三六名訴訟代理人

井藤誉志雄

外一五名

被申請人

阪神高速道路公団

右代表者

天坊裕彦

右訴訟代理人

吉川大二郎

外二一名

右当事者間の高速道路工事禁止仮処分申請事件につき、当裁判所は、無保証で次のとおり決定する。

主文

一  被申請人は、本件高速道路(兵庫県道高速大阪西宮線のうち尼崎市域に建設される部分をいう。以下同じ。)開通後の騒音が左記(一)の基準、および(二)の各限度を超えることがないように、同道路建設工事を進めなければならない。

(一)  本件高速道路のみの騒音として、別紙高速道路騒音基準表(その備考を含む)に記載された騒音値。

(二)  本件高速道路と四三号線(一般国道四三号をいう。以下同じ。)との複合道路騒音の限度として、次項のとおりに定められれた各騒音値。

二  騒音限度を次のとおり定める。

(一)  四三号線の北側の申請人について

(1)  住居が四三号線に近い(高速道路よりも)申請人については、直近の四三号線にある別紙北側騒音限度表(その備考を含む)の測定点①における同欄記載の各最大騒音値。

(2)  住居が高速道路に近い申請人については、同限度表の備考(四)により直近の四三号線との間にある同表記載の測定点のうち、住居の南方直近の測定点における同欄記載の各最大騒音値。

(二)  四三号線の南側の申請人について

(1)  住居が四三号線に近い(高速道路よりも)申請人については、直近の四三号線にある別紙南側騒音限度表(その備考を含む)の測定点①における同欄記載の各最大騒音値。

(2)  住居が高速道路に近い申請人については、同限度表の備考により直近の四三号線との間にある同表記載の測定点のうち、住居の北方直近の測定点における同欄記載の各最大騒音値。

三  本件高速道路開通後の騒音規制

(一)  被申請人は、第一項(一)の騒音基準および前項の各騒音限度を超える騒音を発生させてはならない。

もし、右を超える騒音が発生したときは、被申請人は、直ちに、道路整備、交通規制、防音壁の設置その他の措置を執り、右超過騒音を防止しなければならない。

(二)  被申請人は、すくなくとも毎年一回、ほぼ一定の時期に、四三号線の両側に居住する申請人各一名を任意に選択した上、同人のため設定された測定点において、それぞれ騒音測定(二四時間測定)をなし、その結果を当該申請人に通知しなければならない。

右(一)、(二)の場合、①四三号線の連続二四時間の自動車交通量は七〇、〇〇〇台を超え八〇、〇〇〇台以下であると推定し、また、②申請人の一人につき限度超過の騒音が発生したときは、その申請人と同等の測定点および限度を定められた他の申請人らについても、限度超過の騒音が発生したものと推定する。

四  本件高速道路のみの騒音測定

(一)  被申請人は、四三号線当局に協力を求めた上、すくなくとも毎年一回、ほぼ一定の時期に、高速道路のみにつき、連続する一時間の交通量およびその騒音値を測定しなければならない。但し、四三号線当局の協力が得られないため騒音測定ができないときは、この限りでない。

右騒音測定の位置は、別紙騒音基準表の備考の例による。

(二)  申請人らは、被申請人に対し、右(一)の各測定結果について報告を求めることができる。

五  被申請人は、四三号線から二〇メートル以内の範囲に居住する申請人らとの間において、同道路と高速道路との自動車交通量の合計を、一日一五〇、〇〇〇台以下(年平均)に制限しなければならない。但し、ガソリンまたは夜化石油ガスを燃料とする自動車の生産について、いわゆる排気ガスの許容限度が一キロメートル走行当り一酸化炭素2.1グラム、炭化水素0.25グラム、窒素酸化物1.2グラムと定められ、かつ、それらを確保する措置が執られた後、六か月を経過したときは、この限りでない。

六 申請人らの現住家屋に対する占有権原につき、これを買収あるいは収用する旨の行政処分がなされたときは、本件仮処分命令のうち、当該申請人に関する部分は、直ちにその効力を一時停止する。

右の行政処分が確定したときは、一時停止中の右仮処分命令は当然に失効する。

七 本件申請のうち、その余の部分をいずれも却下する。

理由

第一申請理由の要旨

一当事者

(一)  被申請人は「大阪市の区域および神戸市の区域ならびにそれら区域の間、およびその周辺の地域において、有料自動車専用道路新設、改築、維持、修繕その他の管理を行なうこと」を目的として法律により設置された公法上の特殊法人であり、兵庫県高速大阪西宮線の尼崎市通過部分(以下本件高速道路と呼ぶ)の新設および管理を行なうものである。

(二)  申請人ら三六名は、尼崎市域南部を東西に走る一般国道四三号線(以下四三号線と呼ぶ)の沿線(主として住宅地域)に居住するものである。但し申請人18野村和夫は住居ではなく、肩書地で診療所を営んでいる。

二本件高速道路の計画概要

本件高速道路は、東方へ伸びて大阪市内のいわゆる阪神高速道路網と接続し、また西方へ伸びて高速神戸西宮線を通じ第二神明道路に接続する道路である。

尼崎市域を通過する部分は延長4.52キロメートル、六車線幅員25.75メートルの高架道路(単柱橋脚で支えられる)で、その大半は四三号線の上方に設置されるのであるが、西端の西宮市境武庫川架橋から約四二〇メートルの部分は四三号線の北側上方に並行して設けられ、また東端(大阪市境附近)から数一〇〇メートルの部分は四三号線の南側上方に並行して設置される。

なお、右四三号線は、幅員約五〇メートル、一〇車線、現在の毎日の自動車交通量は七万台ないし一〇万台である。

三申請人らが四三号線のため蒙つている公害被害の現状

1騒音・振動

(一) 騒音

尼崎市が昭和四六年七月と八月に測定した騒音レベルの二四時間変動は次のとおりである(単位はホーン)。

測定地点

平均

最大

最少

東本町二丁 目通過点

七一・八

七八・〇

六一・〇

道意町六丁 目交差点

六九・七

七六・〇

六一・〇

西本町三丁 目交差点

六九・三

七五・〇

六一・〇

右は一時間毎の測定を、一日に二四回繰返し、二四個の中央値を得、その平均、最大、最少を示したものである。これは、中央値であるから、現実に生ずる騒音値は殆んど大部分八〇ホーンを超えており、九〇ホーンを超えることも少くはない。

なお、二車線を超える車線を有する道路に面する商工業地域の騒音環境基準は、夜間六〇ホーン(中央値)以下、その他の時刻は六五ホーン(中央値)以下である。したがつて、四三号線沿線(住宅地域が多い)の騒音は、環境基準をつねに大きく超えている。

(二) 振動

四三号線の自動車走行による振動は、西小学校南方の道路から北方へ一メートル離れた地点で最大値3.22mm/secであり、同所から更に五メートル離れた地点で2.88mm/secである。

兵庫県公害防止条令の指導基準によれば、工業専用地域でさえ、夜間0.9、その他の時刻は1.2である(単位はmm/sec)。四三号線の振動がいかにひどいか直ちに理解できる。

(三) 被害

(1) 情緒的不快感

申請人らは、二四時間休みない騒音によつて、気分がいらいらし、怒りつぽく不愉快になり、神経過敏となつている。これが昂じて多くの申請人が、頭痛、神経衰弱、食欲不振に悩んでいる。ノイローゼ状態になり精神安定剤を使用しているものもある。これらは、振動を同時に感じることにより相乗効果を生じ、不快感を一層増大させる。そして、注意力集中困難を来し、疲れやすいなどの形で著しく作業能率を低下させている。

(2) 睡眠障害

右騒音・振動によりまず就寝が妨げられ、ようやく寝ついても、大型車による騒音・振動のため、たびたび目がさめる。睡眠自体も浅く熟睡できない。そのため前日の疲れが残つて疲労が蓄積し、仕事に対する意欲がそがれる。申請人らの中には、眠るために耳に栓をする者、睡眠薬を常用するもの、飲めない酒を無理に飲むものもある。

(3) 日常生活の被害

騒音のため、日常の会話や電話の通話が妨げられ、また、ラジオ、テレビの視聴も困難である。更に、思考が中断する。右のように、通常の会話ができないため、家族が大声で怒鳴りあわねばならず、家庭の団らんを楽しむことは不可能である。

なお、振動によつて家が揺れ、特に二階は地震のようで落着けない。

(4) 生理機能への影響

右騒音は、交感神経の緊張を高めて、血圧、脈搏数、脳内圧、発汗、新陳代謝等を増加させるほか、唾液、胃液、胃の収縮力をそれぞれ減少させ、更に末梢血管を収縮させることもある。

申請人らの中には、右の生理的影響および情緒的不快感、睡眠障害等が昂じて、高血圧、胃腸障害、心臓の動悸などに悩むものが多い。

(5) 教育環境の悪化

四三号線に沿つて、西小学校、城内小学校がある。申請人らは、子弟をこの両校に通学させているのであるが、騒音のため先生の声が充分に聞えないので授業に支障を来しており、また、休憩中に校庭に出ても遊技ができず、雑談もできないという状態である。

なお、排気ガスによる児童の健康への悪影響も深刻である。

そのため児童は、学校でも家庭でも落着いて勉強できないので、根気がなく、また読書の習慣が身につかず、思考力が減退し、人格形成にも支障を生じている。

(6) 振動による家屋の損害

右振動のため居住家屋の屋根瓦は、ずれ、柱は傾き、壁に亀裂を生じ、建具のたてつけも悪くなつている。また、棚から物が落下したり、たんすの金具が鳴つたりする。

2排気ガス

(一) 四三号線を走行する大量の自動車は、一酸化炭素、高級炭化水素、窒素酸化物、鉛化合物を排出する。また、デイーゼル車は硫黄酸化物を排出する。この沿線地域は、その大部分が公害にかかる健康被害の救済に関する特別措置法による医療救済の指定地域とされていることからも明らなように、工場群の排煙と相まつて、市内でも最も大気汚染が著しい地域とされている。

四三号線五合橋交差点における昭和四五年一一月二六、七日の排気ガス等の測定結果は次のとおりである。

単位

最高

最低

平均

一酸化炭素

ppm

一七・〇

四・〇

八・一

硫黄酸化物

ppm

〇・一二九

〇・〇六六

〇・〇九五

一酸化窒素

ppm

〇・四一六

〇・〇五二

〇・一八三

二酸化窒素

ppm

〇・〇三八

〇・〇〇九

〇・〇二〇

粉じん

mg/m3

〇・〇八五

〇・〇〇八

〇・〇三八

(二) 有害物質の種類

(1) 一酸化炭素

一酸化炭素は血液中のヘモグロビンと、非可逆的結合を生じ、ヘモグロビンによる体内各組織への酸素の運搬作業を阻止し、高濃度においては死に至らしめる。反復してさらされると、頭痛、心悸亢進、疲労、不眠、焦躁感、めまいなどを主徴とする慢性中毒症状を起し、更に重症の場合には、言語障害、瞳孔反応遅鈍、記憶力減退、胃痛をなどを起す。

その環境基準は、連続八時間における一時間の平均は二〇ppm以下であり、連続二四時間における一時間の平均は一〇ppm以下である。

(2) 窒素酸化物

窒素酸化物は始め一酸化窒素のかたちで排出されるが、空気中で酸化して二酸化窒素となり、更に無水硝酸に変り、空気中の水分を吸収して硝酸ミストとなる。これらを吸入すると、水分にとけて硝酸となり、人体体に作用して慢性気管支炎を起したり、喘息の発作を誘発する。また、これは光化学スモッグを惹起する元凶でもある。

なお、窒素酸化物は、エンジンの燃焼効率が良ければ良いほど多く発生する。環境基準は現在検討中であるが、二四時間平均0.02ppm以下でなければならぬ、といわれている。

(3) 亜硫酸ガス

燃料中の硫黄分が酸化して亜硫酸化ガスとなる。その一部は大気中で更に酸化して無水硫酸となり、水分を吸収して硫酸ミストとなる。これらを吸入すると、右(2)の場合と同様、気管支炎などの閉塞性疾患の原因となる。

環境基準は、年間を通じて一時間値の年平均値が0.05ppmを超えないことである。

(4) 粉じん・ばいじん

これらは自動車から排出されるほか、その走行により巻き上げられる。粒子の大きなものは近くに落下して苦情の原因となる。直径一〇ミクロン以下のものは、永く空気中に浮遊し、これを吸入すると、気管支の奥まで入りこみ肺に沈着する。

その環境基準は、連続二四時間における一時間の平均値が大気一立方メートルにつき0.10ミリグラム以下であること、および一時間値が同じく0.20ミリグラム以下であることと定められている。

(5) オゾンおよびオキシダント

これらは、窒素酸化物と炭化水素で汚染された空気に、太陽光線中の紫外線があたることによつて発生する。眼、のどの痛みや呼吸困難を引き起す。

(6) 右のほか、自動車は、鉛や発がんん物質のベンツピレンなどを排出する。

(三) 右各有害物質に、工場群からの排煙が加わり、これらは重合複合して相乗、相加的に人体に対して悪影響を与えている。そのため、申請人らおよびその家族は、せき、くしやみ、鼻づまり、喘息、慢性気管支炎等にかかつている者が多く、申請人らのうち五名が、また家族のうち三名がいずれも公害病認定患者である。

四本件高速道路建設に原因する公害の増大

(一)  交通量の増加と公害の深刻化

本件高速道路は幹線道路として、その効率きわめて高く、交通量は発躍的に増大する。神戸市の試算によれば昭和五〇年の本件高速道路完成と共に、同道路には八万台の車があふれることになるので、これに四三号線の一〇万台の交通量を合算すると、数年をまたずして、申請人らの面前を通過する自動車の数は倍増する。これに応じて、騒音・排気ガスも倍増するので、その公害被害は極めて深刻である。

(二)  騒音の増大

四三号線の上方に高架道路を設置するため、四三号線の自動車走行騒音が高架に反響し、現在よりも騒音が増大する。これに、本件高速道路の騒音が加わるため更に騒音値は増大し、その範囲も遠方まで拡大する。

なお、高速道路が四三号線の北方に並行して設置される地域においては、騒音被害地帯がより一層北方へ拡大されるし、また、四三号線の南方に並行して設けられる地域においては、それが更に南方へ拡大されるこというまでもない。

(三)  排気ガス公害の増大

前記のように交通量が増加するため、それに応じて排気ガスの量も増大する。そのうえ、四三号線の上に高架道路で蓋をした形となり、四三号線の走行自動車の排気ガスの拡散を妨げるため、局地的に高濃度の大気汚染を発生させる。これらは、工場群の排煙と重合、複合し、健康に対して重大な影響を与えるこというまでもない。

(四)  その他の被害

高架道路が完成することにより、日照、通風が妨げられるほか、電波障害が発生する。

また、申請人らは、建設工事中の騒音、振動により、さまざまの被害を受ける。

五被保全権利

(一)  すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有し、その居住地域において健康にして快適な生活を維持し、かつ平穏な環境を享受する権利を有しているところ、申請人らの居住する地域は、四三号線の交通より生ずる騒音、振動、排気ガス、および工場群の排煙による大気汚染のため、居住環境は著しく破壊され、現に深刻な公害被害に悩んでいる。

そのため、申請人らは、早くから四三号線の道路公害の防止を国や尼崎市に要望すると共に、「公害を更に悪化させる本件高速道路」の建設に反対を唱えてきた。

(二)  国や被申請人は、憲法二五条により国民の前示権利を積極的に保障する責務がある。更に騒音の環境基準を定める閣議において「道路に面する地域においては、五年以内に環境基準を達成するよう努力すべき旨」、また「道路新設の場合には、道路に面する地域の環境基準の達成に資するよう充分配慮すべき旨」をそれぞれ決定している点から見れば、国としては、四三号線の既存の公害の防止に万全の対策を講じると共に、本件高速道路の新設については、被申請人と協力して、公害の防止に一層留意し、計画、設計その他の点につき充分の配慮を尽さねばならない。

(三)  ところが、国および被申請人は、公害防止について、何ら積極的施策をとらないばかりか、沿線住民の切実な反対を無視して、本件高速道路の建設に着手した。やがてこれが完成すれば交通量は倍増し、それに応じて騒音、振動、排気ガスも著しく増加する。

被申請人の右行為は、明らかに申請人らの居住地域における健康にして快適な生活を維持し、かつ平穏な環境を享受する権利、すなわち生存権、人格権、環境権を侵害するものである。

よつて、申請人らは、前記四(二)(三)記載の公害(騒音と排気ガス)の増大を防止するため、また四(四)の公害(日照、通風、電波障害)の発生を防止するため、被申請人に対し、本件高速道路建設工事の禁止を求めるものである。

六保全の必要性

申請人らは、本案訴訟を提起すべく準備中であるが、被申請人は、昭和四七年九月一二日当時、尼崎市の西端の武庫川町四丁目から東方の道意町三丁目まで約一、六〇〇メートルに亘り、本件高速道路建設工事を進めている。そのため、本案判決の確定をまつにおいては、同工事が完成し、申請人らの居住環境は永久に破壊され、回復し難い損害を蒙ることが必定である。

よつて、申請人らは、直ちに右工事の禁止を求める。

第二被申請人の主張

一本件高速道路について

(一)  その必要性

(1) 阪神都市圏は、西日本経済の中心として発展が著しく、自動車交通の需要を急激に増加させた。それに伴つて道路交通事情の悪化は深刻を極め、交通渋滞が恒常化する等、都市機能を著しく阻害している。

(2) 阪神間臨海部の交通については、特に東西の流れが重要であり、これについては、一般国道二号線(阪神国道。以下二号線と呼ぶ。)と四三号線が現に幹線道路としての役割を果している。

昭和四六年の調査によると、尼崎市東部市境における交通量は二号線が一日五九、〇〇〇台(容量三六、〇〇〇台)、四三号線が一日八三、〇〇〇台(容量九〇、〇〇〇台)であり計一四二、〇〇〇台(容量一二六、〇〇〇台)であつた。右調査等を基にして昭和五〇年における右臨海部の交通量を推計すると、交通の自然増加および他の道路からの転換による増加もあり、一日交通量は二〇五、〇〇〇台に達する。しかし、その容量は二道路合せて僅かに一二六、〇〇〇台にすぎない。

(なお、交通容量とは、当該道路を渋滞等の支障を発生させることなく正常に通行させることができる交通量の最大限度である。一日交通量とは、年間の交通量から一日平均の交通量を算出したものである。)

そこで、第六次道路整備五箇年計画において、本件高速道路の建設が決定された。もし、同道路の建設が遅延するならば、二号線および四三号線には自動車が充満し、つねに深刻な渋滞現象を惹起すること明白である。

(3) また、高速道路における事故率は極めて低いため、本件高速道路建設は、交通事故対策の面でも重要な役割を担つている。

(二)  都市計画の決定

(1) 本件高速道路の建設については、昭和四四年五月、適法に都市計画決定がなされている。この申請書は、尼崎市の同意を得て、兵庫県知事から建設大臣に提出されたところ、同大臣は、これを、兵庫県都市計画地方審議会に付議し、正当にその同意議決を経たため、本件高速道路を建設する旨の都市計画決定をなしたのである。

なお、右の審議会は、兵庫県知事が会長となり、学識経験者のほかに同県会議員、尼崎市長、尼崎市議会議員等で構成されていたため、前記の同意決議に当り、いわゆる地元住民の意向を充分に尊重したことにはいうまでもない。

(2) 右計画決定の後の同年一二月、兵庫県知事は、道路法の定めに従い、県議会の可決を得たうえ、本件道路を兵庫県道高速大阪西宮線とする旨いわゆる路線認定を行つた。

(3) そのとき、同知事は、道路法の定めに従い、これを自動車専用道路とする旨指定した。

(4) 右諸手続を経た後の昭和四四年一二月、被申請人は、建設大臣から本件建設工事に関する基本計画の指示を受けた。

そこで、被申請人は、昭和四六年一〇月六日、本件高速道路建設を都市計画事業として施行するにつき、建設大臣の承認を受け、工事に着手した。

(三)  関係方面との協議等

(1) 地元住民に対しては、本件道路建設に関し、昭和四四年五月以降五〇数回に恒つて説明を行つており、また尼崎市当局とも、たびたび説明、打合せを行つている。

(2) 衆議院建設委員会においても、昭和四七年四月一二日、本件道路に関する諸問題が充分に審議されている。

(3) 事業用地の取得についても、土地所有者、関係人の協力により既に八一パーセント解決ずみである。

(4) 工事によつて生ずるかも知れぬ将来の被害を調査するため、事業用地付近の住民の協力を求めたところ、同意するものが大部分であり、反対するものは極めて稀であつた。

国道二号線

国道四三号線

本件高速道路

合計

四六年交通量

五九、〇〇〇

八三、〇〇〇

一四二、〇〇〇

五〇年交通量

五五、〇〇〇

七〇、〇〇〇

八〇、〇〇〇

二〇五、〇〇〇

交通容量(台)

三六、〇〇〇

四六年

九〇、〇〇〇

一二〇、〇〇〇

四六年

一二六、〇〇〇

五〇年

七二、〇〇〇

五〇年

二二八、〇〇〇

(四)  完成後における本件高速道路の事情

(1) 神戸市東部市境は、臨海部と内陸部の両交通が通過するので、その量は莫大である。しかし、そのうちの臨海部の交通のみをとれば、前記のとおり昭和五〇年において一日二〇五、〇〇〇台と推計される。

(2) 本件高速道路の容量は一二〇、〇〇〇台である。

本件高速道路が完成すると、四三号線は二車線が緑地帯に改造され八車線(以下新四三号線と呼ぶことがである)となるので、交通容量は七二、〇〇〇台に減少する。

交通量と交通容量の関係は次のとおりである。

(3) 右表のとおり昭和五〇年には、二号線、四三号線とも交通量が減少する。しかも本件高速道路においては可成りの余裕を生じる。けれども、本件高速道路の完成が遅延するにおいては、四三号線の昭和五〇年の交通量は一日一一一、〇〇〇台(83,000台×1.34)となり、甚だしい公害を発生させる。(昭和四〇年以降の調査結果を基にして、昭和四六年に対する昭和五〇年の阪神間における交通量の伸び率を推計すると1.34倍である。)

二公害対策について

(1)  建設省と共同で、四三号線の環境整備等を行なうこととし、関係団体等と協議を重ねる一方、尼崎市長要請に対し昭和四七年九月一日次の趣旨を回答した。もとより、被申請人は、左の全部を実行する。

① 騒音の影響を少くするため路面の高さを一二ないし一五メートル(通常は一〇メートル)とする。

② 高速道路の高欄の上に更に高さ二メートルのプラスチック板を設置して、騒音を遮蔽し、かつ拡散を図る。集約料金所北側附近はその高さを三メートルとする。但し武庫川東側の高架の高さが二〇メートル以上もあるダブルデッキの上層道路では、プラスチック板の高さを一メートルとする。

③ 高速道路の伸縮継手部には、騒音発生の少いものを使用する。また、その箇所にある高欄のすき間を充填する。

④ 小学校については、騒音防止のため、窓の気密化等の措置を講ずる。

⑤ 尼崎市と協議のうえ、排気ガスの測定装置を設置する。

⑥ 工事完成後、近畿地方建設局と協力して四三号線の舗装のオーバーレイ工事を行なう。

なお、四三号線に緑地帯を設けることについては、関係機関等を通じてその実現に協力する。

(2)  特に、前記⑥の緑地帯は、四三号線の一〇車線のうち二車線を廃止して設置する、まことに前例のない措置である。

(3)  四三号線および本件道路の公害に対処するため関係庁(近畿地方建設局、兵庫県、尼崎市、兵庫県警、被申請人)五者で、環境整備対策協議会を組織し、具体策について、研究・討議を行つている。

三公害は増加しない

(一)  騒音について

(1) 問題は、高速道路の自動車走行騒音が沿線の住民に対しどのような影響を与えるか、ということ、および四三号線走行自動車の騒音が上方の高架に反響することによつて沿線に対し、どのような影響を与えるかということである。

(2) 高速道路の騒音

二箇の音が合した場合、その差が一〇ホーン以上であるときは、小の音は、大の音に吸収される。たとえば、五〇ホーン(高速道路)と七〇ホーン(四三号線)の騒音が合しても、その差は一〇ホーン以上であるから、小の音は吸収され騒音値は依然として七〇ホーンである。ところで、四三号線の騒音は申請人らも認めるとおり極めて大であるにも拘らず、本件高速道路騒音は、それより二〇ホーン以上も低い五〇ホーン程度と推計されるから、その騒音は、すべて四三号線のそれに吸収されること明白である。本件高速道路騒音が沿線の住民に影響を与えることは全くない。

(3) 被申請人は、昭和四六年三月、騒音調査をなした。結果は次のとおりである。

① 反響音について

高架道路の下方の横断歩道橋上において、その下方の四三号線の騒音を測定した騒音値は、高架のない箇所における四三号線の騒音値に比し、約三ホーン高い。この差が反響音の値である。しかし、この三ホーンの差は、高架道路の真下においてのみ測定されたにすぎず、四三号線の歩車道境界においては、もはや反響音の影響を見ることができなかつた。したがつて、この反響音が、更に右歩道を越えて沿線住民にまで影響することはあり得ない。

② 高速道路の走行騒音について

既に高速道路が設置されている箇所の四三号線と、未だ設置されていない箇所の四三号線について、それぞれ道路騒音を測定したところ、歩車道境界においてはもとより、それより民地の方向へ一〇メートル毎に離れた各測定点においても騒音値は殆んど同様であつた。これは、高速道路の騒音が、沿線住民に対して無影響であることを証明する。

(二)  排気ガスについて

(1) 排気ガスは増大しない

① 高速道路の走行自動車の排気ガスは、平面道路のそれよりも拡散する率が高い。また、速度が速くかつ交差点における停止・発進がないため、車両ごとのキロ当り排気ガス量は減少する。

② 本件高架道路の設置は、その高さが適正であるため、下方の四三号線の排気ガスの拡散を妨げることはない。被申請人が昭和四六年七月から八月にかけて測定したところでは、既に高架道路のある四三号線芦屋高校附近交差点よりも、尼崎市五合橋交差点における排気ガス濃度が高かつた。これは、本件高速道路の建設が、四三号線の排気ガス拡散を妨げないことを証明する。

③ 被申請人は、右測定と共に

(イ) 高架道路のみが設置されている地点(兵庫県工業試験所前)

(ロ) 高架道路が四三号線上に設置されている地点(周囲に高い建物がある芦屋高校前)

(ハ) 四三号線のみの地点(尼崎市道意町および五合橋の各交差点)

において、それぞれ一酸化炭素の濃度を調査した。

その結果は、右(イ)の場合、道路内では、平均濃度4.9ppmであつたが、直近の右工業試験所屋上では平均濃度0.6ppmであつた。これは一般的大気汚染と同程度のものである。なお、右(ロ)の芦屋高校前よりも、(ハ)の尼崎市の各交差点の方がいずれもその濃度が高いことが判明した。

これは、本件高速道路の走行自動車から排出される一酸化炭素は、沿線住民に対し、何らの影響も与えないことの証左である。

④ 排気ガス規制について

(イ) 環境庁長官の昭和四七年一〇月五日告示により、いわゆる日本版マスキー法が、排気ガスの昭和五〇年規制、および昭和五一年規制として、実施されることは確実となつた。わが国の深刻な自動車公害の現状から見て、右規制が延期されあるいは緩和されるということは絶対にない。

(ロ) 右五〇年規制が実施されると、昭和五〇年四月以降に発売されるガソリン燃料の新自動車は、昭和四七年当時のそれに比し、有毒ガス排出量が次のとおりそれぞれ大幅に減少する。

一酸化炭素減少率 89.7パーセント

炭化水素減少率 93.3パーセント

窒素酸化物減少率 60.9パーセント

(ハ) 右五一年規制が実施されると

窒素酸化物減少率 91.8パーセントとなる。

(ニ) 液化石油ガスを燃料とする自動車についても、ガソリンを燃料とするものと同一の排出許容限度が定められるため、排気ガスの各減少率は、右(ロ)、(ハ)と略同様である。

(ホ) 昭和四八年以降昭和五〇年までの間においても、新車および中古車について、排気ガスを減少させるための規制が行われる。

(ヘ) なお、右の五〇年規制と共に、ディーゼル車についても、同程度の規制が行われることは明らかである。

(2) 排気ガスの中には減少するものもある。

① 一酸化炭素および炭化水素

信号、左右折等がある平面道路と、それが全く無い高速道路とでは、走行自動車の排出ガス中に含まれる有害物質の量に大差がある。

被申請人は、昭和四六年七月二三日以降一一日間、トヨペットクラウン二〇〇〇CCの中古車を使用し、これに走行中排出される一酸化炭素と炭化水素を連続記録する装置を備え、四三号線、阪神高速道路、名神高速等を走行した。その結果、右両ガスともキロ当り排出量が、阪神高速道路においては、四三号線に比し、実にその一〇分の一以下という低い値を記録した。

ところで、本件高速道路の完成と共に、四三号線は八車線に減ぜられ、交通量も一日四〇、〇〇〇台以上減少すると推測されるから、本件高速道路(排気ガスは一〇分の一)の交通量八〇、〇〇〇台を考慮しても、なお四三号線沿線においては一酸化炭素および炭化水素は減少する。

② 亜硫酸ガス

これはその殆んどが工場、発電所の排煙である。自動車から排出されることは殆んどない。

③ 窒素酸化物

これもその殆んどは工場群からの排煙である。なお、本件高架道路においては、いわゆる拡散率が高いため、走行自動車から排出される窒素酸化物が、四三号線沿線住民に影響を与えることはない。

④ 浮遊粒子状物質

これも、工場群から排出される。自動車から排出されるものは極めて微量であり、人体に影響を及ぼすことはない。

(三)  振動

被申請人が昭和四六年二月、三月に調査したところによると、高速道路のみの区間の振動速度は、四三号線のみの区間の振動速度の約半分であり、また四三号線のみの区間の振動速度と、四三号線・高速道路が上下に並行している区間の振動速度は、ほぼ同程度であつた。したがつて、本件高速道路を設けても、その下方の四三号線の振動が従前以上に増大することはない。

なお、舗装整備の前後で比較すると、整備後は、整備前の約二分の一の振動速度であつた。本件工事完成後に、四三号線につき、前記緑地帯を設け、かつ舗装整備を実施することにより、その振動は減少する。

次に、申請人ら主張の西小学校南方の振動値であるが、これは、歩車道界およびそれより北方へ五メートル離れた地点におけるものである。その測定当時たまたま前面道路の損耗が著しかつたため、これに大型自動車が乗上げ、瞬間的に大きく振動したその値が、申請人ら主張の上下振動3.22である。したがつて、道路を舗装整備すれば、直ちに右振動値は低下する。これは、決して標準的データーとはなり得ない。

(四)  日照、通風、電波、工事の被害

(1) 本件高速道路は、民地から相当の距離があり、橋脚も高いので、日照、通風につき被害を生ずることはない。

(2) 電波障害については、被申請人において、共同視聴方式あるいはアンテナのかさ上げ等により、被害を補償することを確約する。

(3) 本件建設工事に伴う被害は一時的なものであるところ、被申請人においても、これを補償する充分の用意がある。

四工事の現況

現在工事進行中である。もし、これを中止すれば、阪神間は自動車の急増によつて、交通渋滞が恒常化し、交通機能は麻痺状態に陥いること必定である。将来そのような状態のもとにおいて本件建設工事を進めるとすれば、交通はますます混乱し、工事は困難かつ危険を極め、地元住民に対しても多大の迷惑をかけるであろう。そこで被申請人は、申請人ら主張の区間について、現に鋭意建設工事続行中である。

五公権力の行使と仮処分

(一)  本件高速道路は、建設大臣により都市計画決定がなされたいわゆる都市計画道路である。

(二)  被申請人は、建設大臣の指示により、国の機関としての地位にもとづき、右都市計画決定の執行として、本件高速道路の新設工事を施行している。

(三)  他方、被申請人は、道路整備特別措置法により、本件高速道路(県道)につき、道路管理者である兵庫県の権限を代行する地位を与えられ、いわば道路管理者の地位にも立つて、管理の一態様たる道路の新設工事を行つている。

(四)  したがつて、右工事は、被申請人が行政庁として施行する公権的事実行為であり、いわゆる「公権力の行使に当たる行為」に該当するから、民事訴訟法による仮処分をすることは許されない(行政事件訴訟法四四条)。

ところが、申請人らは、本件において、道路工事の具体的な態様ないし方法を問題とするのではなく、本件新設工事それ自体を全面的に差止めようと求めている。これが許されないものであることはいうまでもない。

第三被申請人の釈明(排気ガスの部分を除く)

(第一回釈明)

一四三号線の一日交通量が、その容量に等しい九〇、〇〇〇台に達するのは昭和四七年中である。交通量が一日約九五、〇〇〇台に達した頃から交通渋滞を生ずる。昭和五〇年における一日交通量が一一〇、〇〇〇台を超えることは前述した。

二本件高速道路の計画が無いと仮定した場合における四三号線の騒音値(二四時間測定のもの。単位はホーン。)は、次のとおりである。

交通量

北側

南側

九〇、〇〇〇

六九・八ないし七四・八

六九・七ないし七四・七

九五、〇〇〇

七〇・二ないし七五・二

七〇・一ないし七五・一

一〇〇、〇〇〇

七〇・六ないし七五・六

七〇・五ないし七五・五

一一〇、〇〇〇

七一・三ないし七六・三

七一・一ないし七六・一

一二〇、〇〇〇

七一・九ないし七六・九

七一・八ないし七六・八

一三〇、〇〇〇

七二・五ないし七七・五

七二・四ないし七七・四

(第二回釈明)

三予定どおり建設工事を進めた場合、本件高速道路は、昭和五〇年二月頃、徒歩で通過することが可能である。同年四月、道路として供用する。

四近畿地方建設局においては、同年二月頃から緑地帯の造成工事に着手し、同年八月頃造成工事を終え、その植樹も昭和五一年五月頃に完了する。

また、緑地帯のマウンドの高さを路面から0.7ないし1.0メートル、その幅を3.5メートルとすべく予定しており、これに、喬木(高さ三メートル位)、中喬木(高さ1.2ないし1.5メートル)、灌木を、一平方メートル当り平均1.5本程度の割合で植樹すべく計画している。

(第三、第四回釈明)

五本件高速道路完成後の騒音値

(一)  高速道路の交通を停止し、新四三号線(八車線)の道路騒音のみを測定した場合(二四時間測定。単位はホーン。)

交通量

北側

南側

九〇、〇〇〇

七〇・二ないし七五・三

七〇・二ないし七五・二

一〇〇、〇〇〇

七一・一ないし七六・一

七一・〇ないし七六・〇

一一〇、〇〇〇

七一・八ないし七六・八

七一・六ないし七六・六

一二〇、〇〇〇

七二・三ないし七七・三

七二・二ないし七七・二

(騒音を予測する場合、高速道路の騒音は次の(二)のように交通量に応じて理論的に推計した単一の数値がそのまま妥当する。しかし、平面道路においては高速道路と異り、警笛、急制動音、その他説明不能の雑音が加わるため、交通量は同一であつても、現実には毎日のように騒音値が変動する。変動の幅は右推計値を最低とし、これに五ホーンを加えた範囲である。右表を例にとれば、交通量九〇、〇〇〇台は同一であつても、測定する日によつて北側通過点における二四時間測定の中央値の平均は70.3ホーンの日もあれば、75.3ホーンの日もあり、更にその中間の値を示す日も尠くはない。したがつて、平面道路の予測騒音値は、最低と最高をもつて表示するのが正確である。)

(二)  本件高速道路のみの道路騒音を測定した場合(二四時間測定。単位はホーン。)

交通量

北側

南側

八〇、〇〇〇

四五・八

四五・七

一〇〇、〇〇〇

四七・二

四七・一

一二〇、〇〇〇

四八・二

四八・一

一四〇、〇〇〇

四九・二

四九・〇

一六〇、〇〇〇

四九・九

四九・八

一八〇、〇〇〇

五〇・七

五〇・五

二〇〇、〇〇〇

五一・五

五一・三

右は、新四三号線の中央に本件高架道路が設けられるものと仮定し、新四三号線の通過点歩道上(民地より一メートル)の高さ2.5メートルの位置で測定したものとして推計した。高速道路の場合は、右推計値がそのまま現実の騒音値として妥当する。

(三)  本件高速道路の交通量は一日一八〇、〇〇〇台で固定しているが、新四三号線の交通量は一日七〇、〇〇〇台から一日一一〇、〇〇〇台にまで増加すると仮定した上、まず七〇、〇〇〇台で複合道路騒音の測定を行ない、その後、一〇、〇〇〇台増加する毎に測定を繰返したとする。この場合における各騒音値(最低のみ)は次のとおりである。但し、現実の騒音値は、これにそれぞれ五ホーンを加えた範囲内で発生する。たとえば、北側の測定点①における交通量七〇、〇〇〇台の現実の騒音は、68.7ホーンないし73.7ホーンの間で発生する。

(1) 北側の騒音値(最低のみ)

測定点

交通量

七〇、〇〇〇

六八・七

六六八・〇

六七・二

六六・四

六五・七

六五・一

八〇、〇〇〇

六九・六

六八・八

六八・〇

六七・一

六六・四

六五・八

九〇、〇〇〇

七〇・四

六九・六

六八・七

六七・八

六七・〇

六六・四

一〇〇、〇〇〇

七一・二

七〇・二

六九・三

六八・四

六七・六

六六・九

一一〇、〇〇〇

七一・八

七〇・八

六九・八

六八・九

六八・一

六七・四

備考

(イ) これは二四時間測定の中央値の平均である。

(ロ) 測定点①は、新四三号線の歩道上で民地より一メートルとする。

(ハ) 測定点①より北方へ一〇メートル隔たる毎に測定を定め、順次、

測定点②ないし⑥を定める。したがつて、測定点①ないし⑥の間は

五〇メートルである。

(ニ) 測定位置の高さはいずれも地上高二五メートルとする。

(2) 南側の騒音値(最定のみ)

測定点

交通量

七〇、〇〇〇

六八・五

六七・九

六七・二

六六・三

六五・六

六五・〇

八〇、〇〇〇

六九・五

六八・八

六七・九

六七・〇

六六・三

六五・七

九〇、〇〇〇

七〇・三

六九・五

六八・六

六七・七

六六・九

六六・三

一〇〇、〇〇〇

七一・〇

七〇・一

六九・二

六八・三

六七・五

六六・八

一一〇、〇〇〇

七一・七

七〇・七

六九・七

六八・八

六七・九

六七・三

備考

右(一)北則の騒音表の備考(ハ)にある方向を「南方」と訂正するほかは、

すべて北側の騒音表と同様である。

第四申請理由の補充、被申請人の主張に対する反論

一騒音

(一)  現在の四三号線において、交通量の変化に伴なう騒音の変化を予測推計すれば次のとおりである(二四時間測定の騒音値)。

交通量

騒音(ホーン)

九〇、〇〇〇

六九・六

一〇〇、〇〇〇

七〇・四

一一〇、〇〇〇

七一・一

一二〇、〇〇〇

六九・三

右のように四三号線の騒音値は、交通110.000台の場合が最高である。交通量が伸びて限界に達すると、自動車の速度が落ちるため騒音値も右表のとおり減少する。

(二)  被申請人は、大小の二箇の音が合した場合、小の音は大の音に吸収される旨主張する。しかし、自動車騒音のように断続する音、周波数が変化する音については、右主張は理論的に誤つている。

(三)  被申請人の釈明した「本件高速道路のみの予測騒音値」は、時速を六〇メートルとして推計したものと思われる。高速道路では時速八〇キロメートルが制限速度であるため、その騒音は地上において七五ないし八〇ホーンに達し、しかも遠く数一〇〇メートルの範囲にまで拡大する。したがつて、騒音被害は増大する。

(四)  申請人32戸田薫は四三号線の北方約八五メートルに居住し、申請人16福田八重、申請人17上田ヒサノの両名は四三号線の南方約七〇メートルに居住している。このように四三号線から遠く離れている申請人らの住居と同道路の間には、もともと人家があり騒音を防いでいたが、本件高速道路の両端がそれぞれ四三号線の北方あるいは南方に建設されるため、既に右の人家も取壊された。その結果、右のように四三号線から離れて居住する申請人らも、高速道路の開通と共に、両道路の発する著しい騒音に苦しまねばならない。

二排気ガス

(一)  一酸化炭化水素の排出量は、高速道路を走行する場合、平面道路に比し、いずれも一〇分の一以下に減少する旨、被申請人は主張する。ところが、

(1) 一酸化炭素について疎乙第六一号証に従い計算すると、平面道路で最も著しい交通渋滞が生じ時速五キロメートルになつた場合(このとき最も多量に排出される)の排出量は一キロメートル当り平均44.15グラムである。これに対し高速道路(時速74.7キロメートルとする)における排出量は九グラム、すなわち四九分の一〇であり約五分の一である。

しかし、現実には、高速道路においても加減速、渋滞等があるため排出量は増加するし、反対に平面道路でも定速38.35キロメートルで走行する場合には一キロメートル当り六グラムと著しく減少する。したがつて、高速道路の走行車が排出する一酸化炭素の量は、つねに平面道路走行車の何分の一である旨結論づけることは不可能である。

(2) 炭化水素についても、同号証により同様に計算すると、平面道路において最高の排出が行われる交通渋滞時において、その排出量は一キロメートル当り平約0.485グラムである。これに対し、高速道路(時速は前同様)におけるそれは0.1グラム、すなわち四九分の一〇であり約五分の一である。

しかし、現実には、右(1)の場合と同様諸条件に変化を生じるので、高速道路走行車でもその排出量を増加させるし、反面、平面道路の自動車も時速38.35キロメートルの定速走行をなし、右排出量を一キロメートル当り0.12グラムに減少させることもある。したがつて、炭化水素の場合にも、高速道路のそれは、平面道路のそれに比し常に何分の一である旨結論づけることはできない。

(二)  窒素酸化物は、高速道路では排出量が増大する。疎乙第六一号証によると、高速道路において平均時速六五キロメートルの場合、その排出量は一キロメートル当り0.53グラムであるが、平面道路においては著しい交通渋滞(時速五キロ)の場合でも、一キロメートル当り平均0.0405グラムにすぎない。しかも平面道路で時速三〇キロメートルの定速走行を行なう場合、排出量は0.12グラム程度に減少するので、高速道路走行車との差は著しく拡大する。

(三)  被申請人は、四三号線のみの箇所と、それに高速道路が併設されている箇所における排気ガスを調査比較した(疎乙第二二号証)というけれども、日時、風速、風向、交通量等のいわゆる測定条件を明示しない右調査は無意味である。

また、平面道路上に高架道路を設置すれば、平面道路の排気ガスの拡散がより促されるとして疎乙第二三号証(写真)を援用するけれども、これについても「風速」が示されておらず価値はない。

(三)  日本版マスキー法の実現については、未だトヨタ、日産の二大メーカーが賛成しておらず、実現時期に疑問がある。仮に実現しても、排気ガス公害がなくなるわけではない。

(四)  四三号線公害対策尼崎連合会のなした実態調査の結果によれば、四三号線沿線五〇メートル以内の居住者のうち八六六パーセントの者が何らかの健康被害を訴えている。目、鼻、のどの痛みを訴えるものは60.9パーセント、気管支炎や喘息にかかつているものは43.2パーセント、体力がなくなり、病気にかかりやすくなつたものは四〇パーセントという状態である。したがつて、一酸化炭素や硫黄酸化物が現に環境基準を下廻つている、ということだけでは済まされない。排気ガス全体すなわち大気の複合汚染が現に惹起している健康被害を防止するため、今直ちに排気ガス全体の減少に努めねばならないのである。

三振動

本件申請理由として振動被害を主張する。殊に本件高速道路が四三号線の北方あるいは南方に設置される地域においては、道路がより一層民家に近寄るため、ますます振動被害を増大させる。

なお、被申請人の援用する振動調査は、尼崎市域の地盤が他に比し特に軟弱であり、そのため振動値が高いことを見落しており、価値はない。

四本件高速道路建設の違法性

(一)  本件高速道路は、通過道路、産業道路である。これによつて利益を受けるものは、第一に自動車産業、第二に石油資本、第三に自動車による輸送手段を確保した巨大企業、第四に道路建設関連企業である。一般国民が利益を受けることは殆んどなく、公共性は極めて薄い。

ところが、今までの道路行政は、いわゆる生活道路や電車、バス等が担う大量輸送に対し、一貫して投資を怠り、本件のような通過道路の建設にのみ狂奔し、企業の利潤追求求に奉仕してきた。そして、河川や堀を埋めたりあるいは本件のように既設道路の上に更に道路を造るという方法で公共空間をただ取りし、しかも規格ぎりぎりの高速道路をもつとも安上りに造つている。更に重要なことは、これら道路計画が関係住民の声を聞くことなく、すべて住民と無関係に決定されているということである。なお、企業の利潤追求は、自動車の数を無限に増加させるから、自動車交通の需要を満すため高速道路を建設すべしという誤つた道路行政を改めない限り、永久に道路建設を続けねばならず、必然的に、災害および公害の著しい増大を招き、結局、国民生活を破滅に導くこと必至である。

ところで、本件高速道路であるが、

(1) 本件都市計画は、「国民の健康で文化的な生活を維持発展させるために土地の合理的利用をはかる」という都市計画法の目的に反するし、また生活環境の維持、公害防止について何らの配慮もしておらず、全く住民無視の計画である。なお、本件計画が住民不在のまま行われたことはいうまでもない。

(2) 地元住民の一部は、本件計画決定の僅か一カ月以前に始めて同計画を察知することができたので、直ちに西本町を中心に「高速道路対策会議」を結成し、反対運動を開始した。この運動は「公害を発生させる道路建設は許せない」と唱えるもので、四三号線全線に広まつた上、昭和四六年一二月、四三号線公害対策尼崎連合会を結成させた。この間、住民は被申請人を始め関係当局に対し、ねばり強く反対の意思を表明し続けた。

その結果、被申請人は昭和四七年二月二五日、右連合会との間に、「円満な話合いが行われている間は、工事を中止する」旨合意したにも拘らず、同年八月にいたるや一方的にこれを破棄し工事を開始した。そこで、申請人らは、これに対抗するため武庫川堤防の工区を占拠し現に座り込みを続けている。

このような事情にある本件道路の場合、被申請人は、もはやその公共性を主張することは許されない。

(二)  申請人らは、現に四三号線のため被害を蒙つているところ、本件高速道路により更に著しい被害を蒙る危険を生じたので、これを避けるため、まず四三号線の公害防止を実現しうたえで高速道路を建設するよう求めてきた。なお四三号線の公害防止は、交通量の制限、速度制限、大型車等の乗入れ制限を内容とする交通規制、歩道緑地帯、遮音塀の整備を綜合的に実施することにより充分に達成できる。しかし、本件高速道路が開通すれば、四三号線について、右のような公害防除方法が不可能になるこというまでもない。

(三)  ところが、被申請人は、現在の公害防除について触れることなく、同公害の永続を当然のものとして是認した上、しかも、将来、複合道路公害が増大することにも眼をつむり、本件道路工事を強行して申請人らの生存権、人格権、環境権を侵害しようと図つている。これは、公権力に名を藉りて、申請人らの私権を侵害しようとする違法な事実行為であるこというまでもない。したがつて、申請人らが右私権にもとづき、その保全の目的を達するに必要な限度で、被申請人の違法事実行為を一時差止めるべく民事訴訟制度を利用するのは当然である。

第五当裁判所の判断

一当事者

疎明資料によると次の事実が一応認定できる。

(一)  申請人ら(18野村和夫を除く)は、一般国道四三号線尼崎市通過部分から八五メートル以内の距離にある肩書地に住居を有するところ、申請人18野村和夫は、同地域内の肩書地において診療所を経営している。

(二)  被申請人は、阪神地方等において、有料自動車専用道路の新設、管理等を行なうことを目的として特別の法律により設置された公法上の特殊法人であるところ、現に、兵庫県道高速大阪西宮線の新設工事を進めており、完成後はその管理を行うものである。

二四三号線の現況および本件高速道路計画等

疎明資料によると次の事実が一応認定できる。

(一)  阪神間の臨海部の幹線道路である一般国道二号線(阪神国道)および同四三号線は、いずれも尼崎市域南部を東西に通じている。

四三号線は、幅員約五〇メートル、一〇車線で両側に歩道を備え、交通容量は一日九〇、〇〇〇台であるところ、昭和四七年頃以降すでに容量を超え、現に一日九〇、〇〇〇台以上の自動車が走行している。

なお、二号線は交通容量三六、〇〇〇台であるところ、現実には、昭和四六年頃以降すでに一日五九、〇〇〇台(容量の約一六四%)の自動車がひしめいている。

四三号線も逐次交通量が増加し、このまま放任すれば、昭和五〇年には一日一一〇、〇〇〇台を超え、更に増加を続けていずれは容量の一四五パーセントに近い一日一三〇、〇〇〇台程度に達するものと予測される。

(なお、四三号線尼崎部分は、現在本件建設工事中のため中央四車線が通行できず、事実上、六車線に減じている区間もある。また、本件道路建設工事完成と共に、被申請人主張のとおり両側二車線が緑地帯に改造され、八車線に縮少される予定である。)

(二)  四三号線尼崎通過部分(以下四三号線と呼ぶ)のいわゆる公害は、現に著しいものがある。

(1) 騒音

二四時間騒音の中央値は毎日のように七〇ホーンを超えており、日によつては七五ホーン以上にも達する。したがつて、ピーク時における一時間騒音の中央値は八〇ホーンに近く、その上限値にいたつては、八〇ホーンをはるかに超え、まことに堪え難いものがある。しかも、この騒音は、このまま放置する限り、交通量の増加にともなつて更に若干増大するものと予測される。

(2) 振動

四三号線において、道路状態が特に悪い場所では、恒常的ではないけれども上下振動実に3.22mm/secという激振を記録する。なお兵庫県公害防止条令においては工業専用地域の振動の指導基準として夜間0.9、その他の時刻1.2(単位はmm/sec)以下と定めている。

(3) 排気ガス

四三号線沿線は、尼崎市南部の工場地帯であり、もともと大気汚染の甚だしい地域であつたところ、これに同道路走行自動車の排気ガスが加わつたため、同道路から約二〇メートルの範囲内にある住居については、現に大気汚染の程度が著しい。

(三)  本件高速道路

(1) 建設大臣は、昭和四四年五月、同道路を建設する旨の都市計画決定をなした。

兵庫県知事は、同年一二月、同道路を、兵庫県道高速大阪西宮線としていわゆる路線認定を行なうと共に、自動車専用道路とする旨指定した。

(2) 被申請人は、その頃、建設大臣から本件高速道路建設工事に関する基本計画の指示を受けたところ、昭和四六年一〇月六日にいたり、本件道路建設を都市計画事業として施行する旨建設大臣の承認を受けた。そして、本件工事に着手し、施工中である。

(3) 本件高速道路は、申請人ら主張どおりいわゆる幹線道路であり、尼崎市域通過部分は、延長4.52キロメートル、六車線、幅員25.75メートル、交通容量一日一二〇、〇〇〇台の高架道路であり、その設置場所は、申請人ら主張どおり、大半は四三号線の上方に設置されるが、西端の武庫川東岸附近から東方へ約四二〇メートルの部分は、四三号線の北側上方に並行して設けられ、また、東端から西方へ数百メートルの部分は、四三号線の南側上方に並行して設けられる。

三被保全権利の性質

申請人らは、本件高速道路に原因する公害害の発生およびその増大を防止する目的、ならびに現在の公害に対する防除方法を保全する目的で、本件申請をなしたものであるが、その被保全権利として主張するところは、いわゆる住居環境より享受し得る生活利益すなわち環境利益の保護に関する権利である。そこで、申請人らが、環境より受ける利益に関し、果してどのような権利を有するか、をまず判断する。

(一)  人は、生活の基盤として必ず住居を定めねばならないところ、住居の良否は、直ちにその家族の生活意欲ないし活動力に影響する。したがつて、住居の管理者または占有者は、自然環境をも含め、住居を良好・快適な状態のもとに維持しようと努めるのが常である。これは、いわば人間の本性に根ざすものであり、もとより当然の事理というべきである。

(二)  住居は、その環境から次のような自然の利益、すなわち、①日照、②通風、③静穏、④眺望、⑤清浄な大気、⑥プライバシー保持、⑦圧迫感がない等いわゆる環境利益の全部または一部を受けている。

これらの環境利益をそのまま永久に享受し続けるということは、住居管理者(以下、住民と呼ぶこともある)にとつて、まことに望ましいことである。

しかし、長期的に見るならば、住居環境は、好むと好まざるとに拘らず、社会の進歩に応じて必然的に変化する。

したがつて、静止した一時点における環境をとらえ、その状態を永続させることを目的とする趣旨の権利を認めることは困難である。

また、住居環境に関する権利は、環境から受けている現在の利益を正当に保持することを目的としなければならない。あたかも占有権が現在における事実状態の保護を目的としているのに近似する。したがつて、環境の変化に応じて、その権利も内容を変えねばならないし、また従前の環境が消滅した場合には、それに関する権利も当然に消滅するとせねばならない。このように環境に関する権利は、いわゆる占有回収訴権に相当する効力をもつことができず、既に失われた環境に対しては無力であるから、環境回復を目的とする趣旨の権利を認めることもまた困難である。

なお、ここで述べる環境は、もつぱら「住居環境」のことである。いわゆる「地域環境」から受ける私人の利益は、反射的なものにすぎず未だ私法上の利益であるとはいえないから、これに関して「私権」が成立する余地はない。したがつて、住民が自己の管理する住居と直接かかわりのない地域環境について、その保全を求めようとする場合、民事訴訟制度を利用することは許されない。

(三)  前述のように住居環境は変化する。しかし、それは主として人為的な変化であるため、時として不当な環境変化あるいは有害無益の環境破壊を招くことがないでもない。ところが、日照、静穏、清浄な大気等の環境利益を現に享受している住民にとつて、それらの利益が何ら合理的な理由もなく剥奪される、すなわち不当な環境変化を強いられるということは、まことに黙過し得ない重大事である。殊にそれが家族の健康維持に影響するかも知れないような環境悪化を招く場合、その損害は、物、心の両面に亘つて著しく、とうてい堪え得るところではない。

そこで、住民が現に享受している環境利益は、これを法益として正当に保護する必要があると解されるから、これを不当に侵害したもの、すなわち不当に住居環境を悪化させて損害を与えたものは、当然に不法行為者として、賠償責任を負わねばならぬというべきである。

(四)  右のように、環境利益は、それが不当に侵害された場合、損害賠償請求が許される点において、法の保護を受けているといえなくはない。しかし、環境利益は、もともと金銭による評価が極めて困難なものであり、金銭賠償によつては殆んどその目的を達成することができないものである。

したがつて、環境利益の保護としては、右の損害賠償だけでは充分でなく、その不当な侵害行為すなわち環境の不当悪化それ自体を有効に防止する方法を具備せねばならない。

そこで、現に正当に環境利益を享受している住民(住居管理者)は、その住居環境が明らかに不当に破壊される危険、すなわち環境利益が明らかに不当に侵害される危険を生じた場合には、そのような不当侵害を事前に拒絶し、あるいは未然に防止し得るところの権利、いわば「環境利益不当侵害防止権」(以下単に防止権または侵害防止権と呼ぶ)を有していると解するのが相当である。そして、現実に前示不当侵害の危険を生じた場合、住民は、特段の事由たとえば金銭補償による解決を受忍せねばならぬ事情等がない限り、右防止権にもとづき、前示危険防除のため必要にして充分な限度内の具体的差止請求権を取得することができ、それを行使して、いわゆる環境利益の保全をなし得るものと解される。(住民に対し、右のような侵害防止権を与えても、そのことが、他の者の営む正当かつ自由な諸活動に対し不当な制約を加えることはないであろう。)

このように解さない限り、住民はやがて深刻な被害を蒙ることが必至であるにも拘らず、顔前で将に行われようとしている重大かつ明白な環境利益の不当侵害行為を、切歯扼腕しながらしかも拱手傍観せねばならぬ、という著しい不合理を結果する。これが法の理念に背違するものであることはいうまでもない。もつとも、右の不合理は、いわゆる受忍限度論によつて解決できなくはないけれども、この理論は、一般の人々にとつては難解であり、右のように未だ環境悪化が進行を始めていない時点における私人間の紛争解決基準としては必ずしも適切ではないと思われる。

(五)  右のとおり、住民は、環境利益が不当に侵害(環境悪化)される危険を生じた場合には、前示防止権にもとづき、特段の提事由(金銭補償による解決を受忍せねばならぬ事情等)がない限り、その侵害を未然に防止するための具体的差止請求権を取得する。なお、この差止請求権が、右危険防除のため必要にして充分な限度でのみ発生することは前述した。

ところで、ここにいう住民とは、住居管理者のことであるが、申請人18野村和夫の営む診療所も住居と同様に環境利益を保持すべき必要があると認められるから、これを住居と同視し、同申請人もまた他の申請人らと同様、住居管理者として前示の侵害防止権を有し、したがつて、一定の要件を具備した場合には本件被保全権利であるいわゆる差止請求権を取得し得るものと考える。

以上説示のとおり本件被保全権利は、住居管理者として前示の防止権を有する申請人らが、同権利を侵害される危険すなわち環境利益を不当に侵害される危険を生じた場合、それを防除すべく取得し得るところのいわゆる差止請求権である。

なお、前示の侵害防止権は、環境利益の正当な保護を目的とするものであるところ、それが人の生存に必要であるという点のみに着目すれば生存権であり、また財産権と異るという意味においては人格権でもある、と言えなくはない。

四工事全面禁止請求権の存否

申請人らが住居管理者として有する前示侵害防止権にもとづき、いわゆる差止請求権を取得するためには、環境利益に対する不当な侵害すなわち公害発生の危険が現存しなければならない。また、その防除を目的として発生する差止請求権は必要にして充分な限度のものに限られることはいうまでもない。

ところで、本件高速道路に原因してその発生が一応予想される公害は、申請人ら主張のとおり、1高架構築物自体より生ずる日照、通風、電波の各被害と、2同道路供用および四三号線によつて生ずる騒音、振動、排気ガスによる各被害である。

そこで、環境利益の侵害すなわち右公害発生の危険およびその不当性を審按すると共に、申請人ら主張の本件道路工事全面禁止請求権の存否について検討する。

1構築物自体からの公害

(一) 日照

四三号線の北側の申請人らの中には、少数であるが、本件高架道路の橋脚が近接して建設されるため(疎乙第一二号証の二、三、四)、著しい日照被害を蒙むるものがある。この被害が健康の維持に影響すると認めるに足る資料は未だないけれども、しかし、このような著しい被害を無償で強制するということは、収用された財産権が正当に補償される(憲法二九条三項)のに比べ、余りにも不公平といわねばならない。したがつて、本件の日照被害者に対しても、応分の補償をなす必要があると解されるところ、被申請人は、これを明らかにしないまま本件道路建設を進めているので、申請人らの一部にとつては、日照利益が明らかに不当に侵害される危険がある、といえなくはない。

しかし、環境利益が不当に侵害される危険を生じても、住民がいわゆる差止請求権によつてそれを防除し得るのは、「金銭補償による解決を受忍せねばならない等の特段の事由がない場合」に限られることは前述した、すなわち、特段の事由が認められる場合には、住民は、右にいう差止請求権を取得するに由がない。ところで、本件の場合、前示のとおり健康被害の危険は認められず、また、資料によれば、被申請人は、右道路建設の場所をもはや他に移すことはできないし、また建設を廃止することもできない事情にあることが認められるから、被申請人において関係者に対し、「日照被害についても相応に補償する」旨を表示することだけで、右の「不当性」を消失させることが可能であると解される。ところが、公法人である被申請人としては、国の会計法規に忠実でなければならず、現在右のような意思表示をなす権能を有しないところ、その真意は、補償を絶対的に拒否するというのではなく、補償制度さえ確立すればそれに従つて善処するというにあること疎乙第六号証の二により明らかである。ところで、現時点においては、国あるいは被申請人が、右の補償制度を未だ整えていないからといつて、これを非難することは相当でない。以上のような諸事情を綜合すると、本件日照被害は、被害者にとつて不満足ではあるけれども金銭補償による解決を受忍せねばならぬ特段の事由を具有しているものと認めるのほかはない。

したがつて、本件の場合、申請人らの一部は、明らかに不当に日照利益を侵害される危険に直面しているにも拘らず、前示特段の事由があるため、未だ差止請求権を取得するに由がない。

結局、申請人らは、日照被害の危険を事由として、本件建設工事の禁止を求めることは許されない。

(二) 通風

本件高架道路のため申請人らの一部が、通風利益について、多少の被害を蒙むる危険があることは推認するに難くない。しかし、その侵害が「不当である」との点については、末だ何らの疎明もない。

したがつて、右被害発生の危険にも拘らず申請人らは未だ差止請求権を取得するに由なく、本件工事の禁止を求めることは許されない。

(三) 電波

資料によれば、被申請人は、電波被害についてはこれを補償する旨、既に意思表示をなしているところ、同被害は、アンテナの改善工事により容易に回復可能であることが一応認定できる。

したがつて、申請人らは、本件建設工事により電波被害を蒙る危険があるとしても、被申請人の右意思表示を受諾することによつて、実質的に電波被害を免れることができるので、右工事による電波侵害は、未だ「不当な侵害」に該らないと解するのが相当である。

そのため申請人らは、電波被害の危険を事由に、いわゆる差止請求権を取得するに由なく、もとより本件道路建設工事の禁止を求めることは許されない。

2道路公害

(一) 騒音

(1) 四三号線(一〇車線)の道路騒音が既に堪え難いほど著しいものであることは前述した。

被申請人は、同道路の上方または側面に高架で本件高速道路を建設しているのであるが、将来の新四三号線(八車線)(疎乙第五七号証の二)の騒音については、現在以上にこれを増大させないのみか、むしろ減少させる方法で、施工を進めている旨自認している。

したがつて、本件高速道路開通後において、もし、新四三号線の騒音が更に増大するとすれば、それは被申請人の業務執行が適正を欠く結果であるところ、そのような業務執行は環境利益に対する明らかに不当な侵害であるといえるから、右騒音増大の危険がある限り、前示侵害防止権を有する申請人らは、その防止目的達成のため必要な限りのいわゆる差止請求権を取得する。

(2) ところで、右騒音増大の危険であるが、高架道路一般の構造とその増加交通量から考え、常識的にみる限り、騒音増大の危険はこれを否定できないところ、被申請人の援用する全資料によるも、未だその危険を完全に否定し去ることは困難である。

そこで、申請人らは、前示の差止請求権を取得することができ、被申請人に対して、右危険を防除すべく必要な措置を求め得るのであるが、その措置としては、申請人らの主張する「建設工事全面禁止」のほかに次のようなものが考えられる。

① 被申請人主張どおりに高速道路を完成させたうえ、新四三号線について交通量に応じ、複合道路騒音の限度を定め、これを超えないよう被申請人に強制する。右限度は、実質的に見て、現四三号線の騒音値以下に定める。

② 高速道路のみの騒音についても、その基準を定めて遵守を求め、同同騒音が新四三号線の騒音に対して何ら影響を与えないように配慮する。

右①、②は、被申請人の主張から考え、容易に実行可能であるところ、これを実施すれば、その騒音値は、現四三号線(一〇車線)のそれに比し、僅かではあるが減少する。

また、高速道路の開通によつて交通容量が倍加され、かつ、新四三号線に緑地帯が設置される(疎乙第五七号証の二)という状態のもとで、右②の騒音基準が遵守される結果、将来における新四三号線の騒音防止方法たとえば効果的な交通規制を実施し、あるいは完全な遮断壁を設置(緑地帯に設置)すること等が容易になるという捨て難い利点もある。

これに対し、申請人らのいう「工事全面禁止」は、単に著しい公害の現状維持を図るにすぎず、こと騒音公害に関する限りその防止について益するところは何もない。

なお、申請人らは、本件工事が完成すれば、現在の公害を防止する方法が不可能になるというけれども、その主張する防止方法たとえば交通規制、縁地帯と遮断壁の整備等は、本件高速道路完成後においてこそ、容易にしかも効果的に実施し得るものであることは前述した。

(3) 右のとおり、騒音増大の危険を完全に否定することはできず、したがつて、申請人らは、その差止請求権を取得することができ、被申請人に対して、必要な限度の防止方法を求め得るのであるが、右①②の有効な方法があるにも拘らず、これを措いて、その必要限度を超えたいわゆる建設工事全面禁止という方法を請求することは許されない。

結局、申請人らは、騒音増大の危険を事由として、本件建設工事の全面禁止を求めるに由がない。

(二) 振動

(1) 四三号線(一〇車線)の交通振動が現に著しいものであり、時として3.22mm/secという振動値を記録することは、前示のとおりである。

しかし、本件高速道路のために、新四三号線(八車線)沿線の振動が右以上に更に増大するという危険を認めるに足る資料はない。

(2) もつとも、高速道路が、四三号線を離れてその北方あるいは南方に建設される地域においては、高速道路のみによつて新らたに振動公害を生ずる危険がないでもない。しかし、疎乙第三二号証によると、本件と同様の高速道路のみより生ずる振動値すなわち神戸市内の県立工業試験所前の高速道路の振動値は、大阪府公害防止条令振動基準の住居地域の基準値(昼間)より低く、また兵庫県の同条令の住居専用地域の基準値以下でもあることが一応認定できるから、前示地域の申請人らが蒙るであろう本件高速道路のみの振動被害も右工業試験所前の場合と同様、未だその程度が高くはないものと推認するに難くない。したがつて、この振動による公害が「明らかに不当なもの」である旨を認めることは困難である。

なお、申請人らは、尼崎市域の地盤が軟弱である旨主張するけれども、それが軟弱であることによつて、本件高速道路の振動値が神戸市内の場合に比し、大幅に増大するであろう危険を認めるに足る資料はない。この主張もまた理由がない。

(3) 要するに、本件道路建設によつて、新四三号線の振動が、従前のもの以上に増大する危険を認めることはできないし、また、本件高速道路のみの振動公害が「明らかに不当なもの」であることを認めるに足る資料もない。

したがつて、申請人らは、振動被害増大の危険を事由として、いわゆる差止請求権を取得するに由なく、もとより本件道路工事の禁止を求めることは許されない。

(三) 排気ガス

(1) 四三号線(一〇車線)に近接して居住する申請人らが現に著しい排気ガス被害を蒙つていることは、前示のとおりである。したがつて、本件高速道路に原因して、将来、排気ガスが更に増大し、その状態が永続するという危険があるならば、それはいわゆる不当侵害の危険であり、したがつて、同申請人らは、その危険を防除するため必要な限度で差止請求権を取得するというべきである。

(2) ところで、この問題は、個々の有毒ガスについての増減を検討するだけではなく、大気汚染を全体としてとらえ、その汚染度が増大するか否か、またその状態が永続するか否かを検討したうえ、環境不当侵害の危険の有無を判断すべきであると考える。

(3) まず、本件高速道路が開通した場合における当初の大気汚染状態について検討する。

資料によれば、次のことが一応認定できる。

昭和五〇年四月頃以降に、本件高速道路が完成すると、その頃、一日一〇〇、〇〇〇台以上の交通量に達していた四三号線は八車線に削減されてその容量も一日七二、〇〇〇台に縮少し、現実の交通量もまた一日七〇、〇〇〇台に減少する。そのとき高速道路(容量一日一二〇、〇〇〇台)の交通量は一日八〇、〇〇〇台となり、両道路のそれは計一五〇、〇〇〇台に達する。したがつて実質的増加数は五〇、〇〇〇台弱であり、四三号線から高速道路に移転する交通量は三〇、〇〇〇台強である。

ところで、高速道路走行自動車が排出する有毒ガス(窒素酸化物を除く)の量は、平面道路の自動車のそれに比し、著しく僅少でその比率は、実際に道路で実験したところでは、実に一〇分の一以下である(疎乙第二二号証等)。しかも、本件高速道路は、最低の箇所でも地上高一二メートル、その上になお三メートルの壁(高欄一メートルを含む)が作られる(同第一八号証の二)ため、高速道路上の排気ガスは、窒素酸化物をも含め、すべて遠方まで拡散し(同第二二号証)、四三号線に近接する申請人らの住居に落下することは殆んどない。また高架の高さが適正であるため、下方四三号線の排気ガスの拡散を妨げることもない(同号証)。

右の諸事情を綜合して検討すると、なるほど、自動車五〇、〇〇〇台弱の増加により、それらが排出すべき窒素酸化物の量が増加し、かつ粉じん発生量が極めて微量とはいえ増加することは否むべくもないが、反面、一酸化炭素および炭化水素については僅かではあるがその量が減少するし、かつ、高速道路上で発生した大気汚染物質は、窒素酸化物および粉じん等を含め、殆んどすべて他へ拡散するため、右申請人らの住居における大気汚染の程度は、右交通量一日一五〇、〇〇〇台に変化がない限り、本件高速道路供用の前後を通じて、さしたる変化はなく殆んど同一である、とと推認できる。

したがつて、両道路の交通量合計を前示一日一五〇、〇〇〇台(年平均)に制限する限り、申請人ら主張の排気ガス被害すなわち大気汚染の程度が増加する危険はない。

(4) けれども、資料によると、将来、交通量が大幅に増加した場合において、無風の天候が続くようなことがあれば、高速道路上で排出された多量の窒素酸化物が、四三号線の沿線約二〇メートルの範囲に落下して大気の汚染を増大させるかも知れぬ、という危険が推認できないこともない。そして、このような危険が存在するにも拘らず、なお本件建設工事を強行することは、著しい大気汚染を明らかに不当に招来するものとして、被申請人に対し、その責任を問うことが可能であると思われる。そのため、四三号線から二〇メートル以内の距離に居住する申請人らは、いわゆる差止請求権を取得し、その行使として被申請人に対し、右危険を防除すべく、直ちに必要な限度の措置を執るよう求めることが許される。

(5) しかし、その防除方法として、工事の全面禁止を求めることには疑問がある。

被申請人主張の日本版マスキー法といわれる昭和五〇年、五一年のいわゆる自動車排気ガス規制(昭和四七年一〇月五日環境庁告示第二九号参照)が、関係当局によつて、予定どおり実施されるならば、その後数年のうちに、自動車排気ガスのみに関する環境被害は殆んど消滅する。本件の場合においても、大気汚染度の増大が容易に阻止されるこというまでもない。

したがつて、右の申請人らとしては、被申請人に対し、まず本件高速道路の建設を許した上、両道路の交通量を一日合計一五〇、〇〇〇台に規制することを強制し、その後、大気汚染増大の危険が解消した時期において、右制限を解くという方法を採用するのが相当であると解される。その主張の工事全面禁止は、必要の限度を超えた防除方法として本件差止請求権の範囲を超えており、許さるべきことではない。

3以上のとおり、申請人らの全部あるいは一部について、日照、騒音、排気ガスに関し、その環境利益が明らかに不当に侵害される危険を認め得るけれども、日照被害については、金銭補償を相当する特段の事由があるためいわゆる差止請求権が発生しないし、また、騒音と有毒排気ガスの増大の危険については、その差止請求権が発生はするけれども、それらは、本件工事の全面禁止を内容とすることができないため、申請人らは、主張の工事全面禁止請求権を取得するに由がない。

五差止請求権の内容(本件の被保全権利)

申請人らは、前示認定のとおり騒音音および大気汚染の各増大の危険を防除する措置を求め得るという被保全権利すなわち差止請求権を有している。しかし、本件工事の全面禁止を求める権利はない。ところで、本件仮処分申請の真の目的は、公害の増大に関する危険を有効に防除すること、すなわち騒音と大気汚染等の各増大を未然に防止する点にあるこというまでもない。そこで、裁判所は、申請人らの真意を尊重し、その目的達成のため必要な措置を執らねばならぬから、ここでは、申請人らが有する差止請求権の内容、すなわち実体法上現に「どのような危険防除方法を求め得るか」について検討する。

(一)  騒音増大の防止について

被申請人は、現四三号線の騒音値は、第三の被申請人の釈明の二の騒音表に、また新設される本件高速道路のみの騒音値は、同釈明の五の(二)の騒音表にそれぞれ記載したとおりであるところ、高速道路の交通騒音、または高架の反響音も共に新四三号線の騒音値を高めることはない旨、および新四三号線の騒音はその交通量減少のためむしろ従前に比し減少する旨自認している。

また、資料によれば、右第三の二の騒音表の数値は、現四三号線の騒音をほぼ忠実に現わすものであるところ、同騒音は、道路から八五メートル離れた地点においてもなお六五ホーン(二四時間測定)を超えているものと推認するに難くない。

そこで、騒音増大の危険に対して差止請求権を有する申請人らは、被申請人に対し、

(1) 本件工事の施工については、将来発生する騒音が右各騒音値(第三の二、第三の五の(二))を超えることのないよう周到に計算された方法で、完全に施工すること、

(2) 高速道路開通後においては、右各騒音値を超える騒音を発生させないよう道路の整備その他に万全の措置を講ずること、

(3) もし、右を超える騒音が発生した場合には、直ちに、交通規制、遮断壁の設置等をなし、右超えた部分の騒音を防止すること、

をそれぞれ求める権利がある。

(二)  排気ガス増大の防止について

申請人らのうち、四三号線から二〇メートル以内の距離に居住するものが、大気汚染増大の危険を理由に、被申請人に対し、高速道路開通後における交通量を、四三号線と合計して一日一五〇、〇〇〇台以下に制限するよう求める権利(差止請求権)があることは前述した(第五の四2(三)(5))。

しかし、右権利は、左のとおり汚染増大の危険が消えた時点で消滅する。

資料によると次のことが一応認められる。

(1) 自動車排出ガスの許容限度は、環境庁長官によつて、次のとおり定められる予定である(ガソリン、液化石油ガスを燃料とするものに限る)。なお、左記排出量はすべて一キロメートル走行当りのものである。

昭和五〇年規制

一酸化炭素   2.1グラム

炭化水素    0.25グラム

窒素酸化物   1.2グラム

昭和五一年規制

窒素酸化物   0.25グラム

(2) 右昭和五〇年規制が実施されると、昭和四七年の同種の自動車に比し、ガス排出量は、

一酸化炭素   八五%以上

炭化水素    九〇%以上

窒素酸化物   六〇%以上

もそれぞれ減少する。

したがつて、右規制後は、古い自動車(デイーゼル車を除く)を廃車する毎に、有毒排気ガスの量が減少するから、通常の道路における同排気ガスの減少率は、交通量の増加率を上廻り、そのため交通量は増加するにも拘らず、有毒排気ガスは日々減少する、という好結果を招来する。

本件高速道路および四三号線についても、このことに変りはなく、右規制の実施後、有毒ガスの排出量はしだいに減少するから、その後六カ月も経過すれば、申請人ら主張の「大気汚染度が更に増大するであろうとの危険」は消失するものと推認できる。そのとき申請人らの右権利ももとより当然に消滅する。

六保全の必要

申請人らは、前示認定のとおりの各危険防除方法を求める権利(差止請求権)を有するところ、被申請人は、昭和五〇年四月開通の予定をもつて、現に本件道路建設工事を進めているため、申請人らとしては、いま直ちに、右各権利を保全すべき必要に迫られていること、一応認定するに充分である。

七本件仮処分の内容について

前示差止請求権の保全を目的とする本件申請においては、次の(一)、(二)のような仮処分が必要である。

(一)  騒音増大の防止について、被申請人に対し、次のことを命じなければならない。

(1) 将来における道路騒音が、左記①、②の各騒音値を超えることがないように、それに相応した構造を具備する高速道路を建設すること。

① 別表の高速道路騒音基準表に記載した各騒音値。

これは、第三の被申請人の釈明の五(二)の騒音表と同一である。

② 別表の北側および南側の各騒音限度表に記載した騒音限度値(これらの表の各欄にある最大値)。

右表のうち、

(イ) 交通量七万台以下の場合、七万台を超え八万台以下の場合の各欄に記載した数値は、右被申請人の釈明五(三)(1)(2)の各騒音表にある交通量七万台、八万台の各欄の騒音値と同一である。

(ロ) 測定点①の騒音値として、交通量八万台を超え九万台以下、九万台を超え一〇万台以下、一〇万台を超える場合の三箇の欄にそれぞれ記載したものは、右被申請人釈明二にある交通量九万台、一〇万台、一一万台の各欄に記載された数値と同一である。

(ハ) 測定点②ないし⑥の各欄に記載した騒音値のうち、右(イ)を除いたもの、すなわち右(ロ)の三箇の欄にそれぞれ記載したものは、当裁判所が右釈明五(三)(1)(2)の騒音表等を資料として距離による騒音の減衰を考え、推認した数値である。

右の仮処分により被申請人は、いわゆる橋桁の継手部分その他の工事について格段の注意を払わねばならない。

(2) 高速道路開通後において、右の各騒音値を超える騒音を発生させないこと、もし発生したときは直ちに防止すること。

この場合、次のような推定をなす必要がある。

① 新四三号線の連続する二四時間の交通量は七〇、〇〇〇台を超え八〇、〇〇〇台以下とする。

② 申請人の一人について、限度値を超える騒音が発生したときは、同等の地位にある他の申請人全員についても、限度超過の騒音が発生したものとする。

(3) 高速道路開通後、すくなくとも毎年一回、ほぼ一定の時期に、新四三号線の両側の任意の申請人各一名のため、同道路の二四時間騒音を測定し、その結果を、当該申請人に通知すること。

(4) すくなくとも毎年一回、ほぼ一定の時期に、四三号線当局の協力を得て、高速道路のみの一時間騒音および同交通量を測定すること。

右(1)(2)が完全に遵守されると、高速道路開通前後における新四三号線北側の騒音は、二四時聞交通量一一万台の場合の71.3ないし76.3ホーン(限度値)程度から、同交通量八万台の場合における69.6ないし74.6ホーン(限度値)以下に減少する。南側においても減少の程度はほぼ同様である。なお、両道路の交通量が急激に増大することはあつても、その騒音が、新四三号線の前示交通量一一万台の場合(71.3ないし76.3ホーン)を超えることは決してない。また、高速道路騒音基準が遵守されると、新四三号線の将来における騒音防止計画が本件高速道路のために妨げられるということもない。

(二)  排気ガス増大を防止するため、被申請人に対し、両道路の交通量を合計一日一五〇、〇〇〇台以内(年平均)に制限するよう命じなければならない。但し同制限は、前示自動車排気ガスの昭和五〇年規制と同様の規制が実施された後、六カ月の経過をもつて失効する旨を定める要がある。

なお、右(一)、(二)の仮処分は、いわゆる行政権の行使を妨げようとするものではないから、申請人らの住居管理権が、買収等の行政処分によつてその正権原を喪失したときは、本件仮処分のうち、当該申請人に関する部分はその効力を失なう旨を定めるのが相当であると考える。

八公権力の行使と仮処分

ところで、申請人ら主張の工事全面禁止請求権が仮に認められるとすれば、申請人らは民事本案訴訟により、その保護(実現)を求め得るこというまでもない。しかし、公権力の行使に当る行為については、行政事件訴訟法四四条の規定によつて民事訴訟法による仮処分が禁止されたところ、本件道路建設工事は、建設大臣が計画決定をなした都市計画にもとづく事業である点および道路法等の規定から考え、いわゆる公権力の行使に当る行為に該当すると認められるから、同道路建設(公権力の行使)を不可能にするような仮処分、たとえば同工事を全面的かつ長期間に亘つて停止する仮処分はこれを許されないものと解するのが相当である。けれども本案訴訟が適法である以上、それに付随する仮処分を許すべきことは当然の法理であるともいえるから、右四四条の規定は、正当な公権力の行使を妨げることのない仮処分、たとえばその行使方法の是正を求め、あるいはそれが正当に行使さるべきことの保障を求め、もしくはごく短期間に限つてその行使を停止する等の仮処分をも禁止する趣旨ではない、と解される。したがつて、工事全面禁止請求権については未だ疎明がないけれども、前記五、六のとおり被保全権利および保全の必要について疎明がある本件の場合、同道路建設がいわゆる公権力の行使に当たる行為であることを唯一の根拠として、本件申請を全面的に却下することは許されない。

九よつて、本件申請のうち、主文第一項ないし第六項に対応する申請部分は理由があるから、これを相当と認め無保証で認容するものとし、その余の申請部分については未だ疎明がなく保証をもつて疎明に代えることを相当とする事情もないので不適法として却下すべく、主文のとおり決定する。

(山田義康 上野昌子 前川豪志)

高速道路騒音基準表

(単位ホーン)

交通量(台)

北側

南側

八〇、〇〇〇

四五・八

四五・七

一〇〇、〇〇〇

四七・二

四七・一

一二〇、〇〇〇

四八・二

四八・一

一四〇、〇〇〇

四九・二

四九・〇

一六〇、〇〇〇

四九・九

四九・八

一八〇、〇〇〇

五〇・七

五〇・五

二〇〇、〇〇〇

五一・五

五一・三

備考

(一) 新四三号線の中央に高速道路が設けられている地域で、新四三号線の歩道上(民地から一メートル)の高さ二・五メートルの位置で測定する。

(二) 二四時間測定をなし、中央値の平均で表示する。

北側の騒音限度表

測定点

交通量

七万台以下の場合

六八・七

ないし

七四・六

六八・〇

ないし

七三・〇

六七・二

ないし

七二・二

六六・四

ないし

七一・四

六五・六

ないし

七〇・七

六五・一

ないし

七〇・一

七万台を超え八万台以下

六九・六

ないし

七四・六

六八・八

ないし

七三・八

六八・〇

ないし

七三・〇

六七・一

ないし

七二・一

六六・四

ないし

七一・四

六五・八

ないし

七〇・八

八万台を超え九万台以下

六九・八

ないし

七四・八

六九・〇

ないし

七四・〇

六八・二

ないし

七三・二

六七・四

ないし

七二・四

六六・七

ないし

七一・七

六六・一

ないし

七一・一

九万台を超え一〇万台以下

七〇・六

ないし

七五・六

六九・八

ないし

七四・八

六九・〇

ないし

七四・〇

六八・一

ないし

七三・一

六七・三

ないし

七二・三

六六・五

ないし

七一・五

一〇万台を超える場合

七一・三

ないし

七六・三

七〇・五

ないし

七五・五

六九・八

ないし

七四・八

六八・九

ないし

七三・九

六八・一

ないし

七三・一

六七・四

ないし

七二・四

備考

(一) 右騒音値は、一時間毎の測定を一日に二四回繰返し、その中央値を平均したもので、単位はホーンである。

(二) 交通量は、新四三号線の連続する二四時間の交通量である。

(三) 交通量は同一であつても、測定の日が異ると騒音値に五ホーン以内の差を生ずることがあるので、騒音の範囲を表示した。この最大値のみがいわゆる騒音限度である。

(四) 測定点は、各申請人らの住居から新四三号線に対してそれぞれ垂線を引き、その各直線上に次のとおり設定した。

測定点①は、新四三号線の歩道上で民地境界から南方へ一メートル離れた地点、歩道が無い箇所ではこれに相当する地点とする。

測定点①から北方へ一〇メートル隔たる毎に測定点を設け、順次、測定点②ないし⑥とする。したがつて、測定点①ないし⑥の距離は五〇メートルである。

(五) もし、右の測定点における測定を著しく困難にする事情があるときは、当該測定点の東方または西方における測定可能地点のうち、直近の地点で測定さ

れた数値をもつて、当該測定点における騒音値であると推定する。

(六) 測定位置の高さは、地上高二・五メートルとする。

南側の騒音限度表

測定点

交通量

七万台以下

六八・五

ないし

七三・五

六七・九

ないし

七二・九

六七・二

ないし

七二・二

六六・三

ないし

七一・三

六五・六

ないし

七〇・六

六五・〇

ないし

七〇・〇

七万台を超え八万台以下

六九・五

ないし

七四・五

六八・八

ないし

七三・八

六七・〇

ないし

七二・九

六七・〇

ないし

七二・〇

六六・三

ないし

七一・三

六五・七

ないし

七〇・七

八万台を超え九万台以下

六九・七

ないし

七四・七

六九・〇

ないし

七四・〇

六八・二

ないし

七三・二

六七・四

ないし

七二・四

六六・六

ないし

七一・六

六六・〇

ないし

七一・〇

九万台を超え一〇万台以下

七〇・五

ないし

七五・五

六九・八

ないし

七四・八

六九・〇

ないし

七四・〇

六八・一

ないし

七三・一

六六・二

ないし

七二・二

六六・四

ないし

七一・四

一〇万台を超える場合

七一・一

ないし

七六・一

七〇・三

ないし

七五・三

六九・五

ないし

七四・五

六八・七

ないし

七三・七

六七・九

ないし

七二・九

六七・一

ないし

七二・一

備考

北側の騒音限度表備考欄に記載されたものは、「南方」とあるを「北方」、また「北方」とあるを「南方」と、それぞれ読み替えるほかは、南側においてもすべて同様である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例